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情報の文明学(1)

情報の文明学
梅棹 忠夫
情報の文明学小説ではなく論文なので要約につとめました。しかし個人的に感心したところを抜き出しただけのような気も。要約は難しい…。
まだ3分の1程しか読んでませんがなかなか面白いです。


  • 放送人とは?
    放送人とは戦後急速に増加した職業集団であり、物質ではない「情報」というモノを売っているところに特徴があります。
    「物質ではない情報を売っているがゆえに効果が直截に検証できない」という事実は、学校の先生(教育者)などと共通しています。「効果が検証できないからといってその役割を無くしてしまうことはできない」という事実もまた然り。
    これらの事実を踏まえた上で著者は、放送人の社会的存立をささえているのは教育内容の文化性に対する確信であると述べています。

  • 情報産業とは?
    著者は冒頭で「情報」という言葉を次のように拡張します。

    しかし、情報ということばを、もっとひろく解釈して、人間と人間とのあいだで伝達されるいっさいの記号の系列を意味するものとすれば、そのような情報のさまざまの形態のものを「売る」商売は、新聞、ラジオ、テレビなどという代表的マスコミのほかに、いくらでも存在するのである。


    この定義によれば人間は古来より教育や宗教において、組織的に情報を売って「産業」を展開していたことになります。

    これは身近な放送や新聞にも言えることで、これらは時間や紙という物理量を情報で満たすことによって産業たりうるわけです。

    著者はこの「情報産業」を、『実質的な物質を売買することを「実業」というならば、情報産業は「虚業」とでもいうべきものだ』というアナロジーを持ち出して説明しています。

  • 産業史の3段階
    著者は、産業史を3つの時期に分類し、生物学的意味になぞらえて次のように命名しています。

    内胚葉産業の時代…(消化器を中心とする)農業の時代
    中胚葉産業の時代…(筋肉を中心とする)工業の時代
    外胚葉産業の時代…(脳神経系を中心とする)情報産業の時代

    この論文が書かれたのは1962年ですが、現在(1962年)が第二段階真っ只中だと確認した上で、著者は
    「既に一部には第三段階の精神産業の時代のきざしがみえつつある」(P52)
    「精神的清算を中心とする外胚葉産業へという過程は、生命ある存在としての人間の自己表現の必然的過程である」(P69~70)
    と、情報産業の時代=IT社会の到来を予言しています。この先見性こそが、この論文がいまなお評価されている最大の要因なのでしょう。

  • 「情報」と「コミュニケーション」
    常に送り手と受け手が存在するコミュニケーションと異なり、情報には送り手がいるとは限らず、また、発信された情報が必ず受け取られるわけでもありません。むしろ、「受信されることもなく解読されることもない情報はいくらでも存在する」(P76)のです。

    この部分では、情報は「受け手の主体的な意志によって立ち現れるもの」であり、言語や文字だけでなく感覚によるものをも情報として扱うということが強調されています。
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